九州大学の箱崎キャンパスで火災が起こった。この事件は、研究室にいた院生が将来を悲観して自殺したことと関連する。西日本新聞(https://this.kiji.is/413806166702195809?c=110564226228225532)によれば、以下のようである。

福岡市東区箱崎6丁目の九州大箱崎キャンパスで7日朝に研究室を焼いた火災で、福岡東署は15日、焼け跡から見つかった遺体は研究室に出入りしていた同区の職業不詳の男性(46)と発表した。署によると、死因はやけどによる火傷死。男性が放火、自殺したとみて調べている。

福岡市東区の九州大学箱崎キャンパスの火災で亡くなった卒業生の男性(46)は、2010年の退学後も常勤の研究職を目指していたが、非常勤職を“雇い止め”に遭うなどして困窮を深めた。家賃の支払いも滞り、肉体労働を掛け持ちして研究室で寝泊まりするようになった。そこに学舎の移転が重なる。「耐乏生活を強いられる」「経済破綻に直面」-。男性は親交のあった大学関係者に宛てたメールで、苦しい胸の内を訴えていた。

複数の関係者によると、男性は15歳で自衛官になったが退官し、九大法学部に入学。憲法を専攻し、1998年に大学院に進学した。修士課程を修了して博士課程に進んだが、博士論文を提出しないまま2010年に退学となった。

この院生は優秀な人で、中学校から自衛隊の学校に進み、そこから九州大学の法学部に合格して大学院に進んだのだ。しかし、博士号は取れない。また、非常勤の仕事などが雇い止めで収入の道が絶たれた。その後は生活は困窮したようだ。西日本新聞では以下のように述べている。

3、4月はほぼ無給だったことや、専門学校の非常勤職が“雇い止め”となり、5、6月の月収は14万5千円とつづった。

10万円借りることができました。なんとか過ごせそうです(同月4日)

男性は同月から昼間に週4回、宅配便の仕分けのアルバイトを始めた。

昼のバイトを始める時73キロあった体重が、現在61キロ(今年3月12日)

昨年12月からは夜も週4回、肉体労働の別のバイトも掛け持ちしていた。

大学院生が研究を続けて「教授」や「准教授」といった常勤職を得るのは容易なことではない。文部科学省によると、博士号取得者または博士課程の単位取得者で、大学などに任期付きで籍を置きながら研究を続ける人を「ポストドクター」と定義し、1万5910人(15年度)に上る。男性は「ポスドク」に当たらないが、大学側も今年5月までは「ポスドク」と誤解して研究室の利用を黙認していた。

とにかく、読んでいて気が重くなった。自分が大学での職を探して必死だった頃のことを思い出すのだ。私の場合は、何とか職が見つかったからよかったが、一歩間違えば九州大学のこの元院生のような境遇になったかもしれない。

40歳を超えてからの方向転換は難しい。この元院生は肉体労働のバイトを初めて何とか収入を得ようとした。しかし、慣れない肉体労働は、自分のプライドをも傷つけることになる。

むかし、高校の非常勤講師だった方が、契約が更新されなくて、コンビニでアルバイトとして働き始めたそうだ。一番辛かったのは、かっての教え子が客として来て、「あれ、先生!」と驚かれることだったと言っていた。かっては、先生として、生徒に教え諭した人が、今は店員と客という関係になる。このあたり、割り切りだろうが、人間そんなに簡単に割り切れるものではない。やはり、辛かったろう。

さて、九州大学の元院生の記事を読んで、教訓を得るとしたら、とにかく、社会的な安定が第1番だということだ。ずば抜けた才能を持った人を除いては、まず、何か定職を得てから、中学か高校の教員、企業の研究職、公的な研究所に勤めるかして、アカデミックな職を狙うのが安全な道だと思う。

この元院生だが、定職が見つからなかったとしても、40歳を超えたあたりから、塾や予備校の先生をしながら、論文をコンスタントに出して行けばよかったとも思う。しかし、40歳を超えてしまうと、それまで大学関係の教職がないと、次の仕事を見つけるのは難しくなる。この方の場合は、40歳前に、人生の見極めをすべきだったと思う。