私は、いま働いている大学の中で、非力で何の権限も持たない平の教授である。そんな私に対しも、時々は就職を斡旋してくれという依頼を受けることがある。

正直言って困ってしまう。学会でちょっと知り合った人などからお願いされることもある。特に50歳に近づいた人になると必死である。今まで非常勤講師をやりながら何とか家族を支えてきた人が、「このままではいけない。何とかしなければ」という気持ちになる。とにかく少しでも可能性があればと行動するのである。

Leave no stone unturned という表現がある。あらゆる石をひっくり返してその下を探る。ひっくり返さない石はない。つまり、あらゆる可能性を調べる。あらゆる措置を講じる。というような意味である。

とにかく大学研究者を目指す人が多すぎる。昔は学士だけでも大学教員になれた。それが、次第に修士号は必須となり、今では、博士号までも必要とされる時代になってきた。学歴のインフレ現象が起きている時代である。

私自身はラッキーなチャンスがあって、何とか大学の教員になれたのである。一生のうちに一度あるかないかのチャンスをものにしたのである。でも、希望者の全員に運命の女神が微笑むとは限らない。

では、どうすればいいのか。有り余る性能のあるひとならば、正攻法でいいだろう。でも私のように、さほど才能はないが、大学で働きたいと希望する者は、大学院を終えたら、まず高校などの定職に就くことである。あるいは企業の研究所に勤めることである。そこから、論文を書いてゆきながら、ある程度量がたまったら応募を繰り返す方法がよい。高校や企業の研究所から大学に移籍する人は多い。その方法が一番無難で安全な方法であるように思える。

非常勤講師を掛け持ちしながら正規の仕事を狙う方法は、昔は有効であったが、現在のように、少子化の時代、大学倒産が叫ばれる時代は、非常勤講師は真っ先にリストラの対象になる。非常勤講師をクビにして、そのあとに専門外の教員をあてるなどという無茶も目立つようになってきた。非常勤講師は立場は弱いので、自分の才能によっぽどの自信がある人以外は、非常勤講師を掛け持ちしながら大学教師を目指す方法は勧めたくない。

非常勤講師の掛け持ちを続けながら、50歳近くに来てしまった。そんな人が必死になるのは分かる。少しでも可能性を探るので、私のような下っ端の教員にまで就職斡旋をする気持ちも分かる。とにかく、この問題は解決策のない問題なので、自分も言葉に窮してしまう。